他人の好意によって何かをさせてもらう、一緒に何かを行う、といった趣旨のmaki-動詞について、かなり脇役的な存在かと思いきや、以外に耳にすることがあり、かつ便利であると感じたので、取り上げてみたい。
| makikain | 一緒に食事を取る(主に他者の家で) |
| makisakay | 同乗させてもらう |
| makiligo | シャワーを借りる |
| makitulog | 泊まらせてもらう |
| makiluto | キッチンを借りる |
| makicharge | 充電させてもらう |
Nakikikain si Bob kila John.
Bobさんは、Johnさんのところで一緒にご飯を食べてます。
Bobさんが、Johnさんの食事に参加させてもらっている、という解釈になる。そこには、Johnさんの好意がある、という趣旨が暗に含まれている。従って、BobとJohnの行動は対照的ではなく、Johnがリードしていて、そこにBobが加わる、というニュアンスになる。
kilaはkanilaの縮約形で、正式な表現とはされていないが、日常的に聞く言葉になっている。進んで使うかどうかは別にして、知っておけば、理解の助けになると思う。
Makikisakay po.
(一緒に)乗せてください。
これは、ある人が乗り込むのと同時に発した言葉であり、許可が得られたことが前提となっているようだ。”(乗せてくれて)ありがとうございます”のようなニュアンスだろう。
Makikicharge po.
充電させてください。
同じような文形体で恐縮だが、実際に聞いた言葉なので、そのまま載せておく。これも、”どうぞ”と言った応答を待つことなく、すぐにコンセントに充電器を差し込む行動が見られたので、半分くらい、合意が得られた前提と見ていいだろう。
一緒に、または共有依頼の表明をmaki-ひとつで表せるとは、なかなか便利なものだ。ただ、意味論的には、結構複雑なところがある。例えば、makikainやmakisakayは一緒に何かをする、という趣旨があるのに対し、makiligo, makitulog, makichargeなどは、他者のものを使わせてもらうという趣旨で、行動まで共にするわけではない。広い視点では、”相手の領域にはいらせてもらう”と解釈できるが、その具体像は、語根(kainやligo)に応じて異なるわけだ。そこは、個別で覚えていく他ない。細かい論理的なルールが背後に潜んでいるかも知れないが、容易ではないように思われる。
今回の例は簡単かつ便利なものだが、maki-動詞の全容たるや、決して単純ではなく、微妙な意味解釈や用法について、学者間でも時代を超えてさまざまな紆余曲折があったらしい。また、好意とは別の”協同的活動”を表すmakipag-(an)動詞についても、機会があれば触れてみたい。
maki, makipagの説明については、下記が最もスッキリしていて明快であると感じる。ググると、PDFも公開されているようである。
- Filipino – An Essential Grammar, Sheila Zamar

コメント